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大麻をタブーにする日本、議論するアメリカ -中部大学教授 武田邦彦

大麻をタブーにする日本、議論するアメリカ

中部大学教授 武田邦彦



アメリカのカリフォルニア州では、全面的に大麻を認めるかどうかの住民投票がこの秋に行われることになった。
現代の日本に住んでいると大麻は厳しい規制があるのが当然と思ってしまうが、もともと、日本人は大麻とともに過ごし、大麻を育てながら生活をしてきた。
長い歴史の中で、日本人は大麻を嫌ったことも社会から追放したこともなく、アメリカが大麻規制の発信地だ。日本が大麻を規制し始めたのはアメリカのGHQが占領政策の一環として日本人に強制したに過ぎない。
今、警察庁が大麻の取り締まりを強化しているが、これは警察庁が日本の文化を軽視していることを示すに過ぎない。警察庁が日本文化を決めるのではなく、日本文化にそって警察庁が行動すべきものだ。
そのアメリカが大麻の規制の撤廃を議論し、今では日本の方が金縛りにあったように大麻をタブー視している。
日本人は、自分の国の文化を忘れ、すっかり家畜化されたのだろう。

なぜ、日本では2000年にわたって大麻が自生し、栽培し、大麻を吸うことも知っていたのに、規制しなかったのだろうか?
私の見解では、日本人というのは実に基本的な道徳観がシッカリしていて、「してはいけないことはしない」ということが本当の意味で守られていたからだと思う。
大麻を吸うことが悪いことがどうかは個人の判断である。そしてその個人が「吸うべきではない」と思えば決して吸わない。それが日本人というものだ。
もともと大麻は個人の精神に弱い作用を持っているが、他人に暴力をふるうなどは起こらないので、「酔っぱらい運転」のように社会に迷惑をかける植物ではない。
言ってみれば「家で寝る前に飲む晩酌」のようなものだから、もし大麻の薬効が気になっても、社会的に規制が必要なようなものではない。
いずれにしても、日本人は素晴らしい素質を持っている。それは、日本人の持つミーム(文化的遺伝子)なのか、風土なのか、それとも両親からのアフォーダンス(非直接的情報)なのかはわからないが、ともかく「ほとんど教えることなく自分で正しいことを判断できる能力」と「それを行動に移すことができる自制心」を持っている。
今の若者も例外ではない。「今の若い者は」というけれど、大学で学生を教えている経験では、大人より学生の方が日本人古来の道徳観はシッカリしている。
だから、大麻もアヘンも規制しなくても大丈夫なのだ。私は確信がある。
中国を批判する気持ちはないが、日本は多くの文化を中国からいただいてきた。そして、あれほど中国でアヘンがもちいられていたのに、日本にはまったく入ってこなかった。これも日本人の「してはいけないことをしない」という強固な文化があるから、すぐお隣にアヘンを吸う国があっても、そんなことに影響を受ける日本ではなかった。

ところで、最近になって日本人はやや精神的に弱くなり、アメリカ人やヨーロッパ人を尊敬したり、髪の毛を茶髪にしたりする人が目立ってきた。
特に環境関係では、「ドイツは・・」、「デンマークは・・」、「オバマ大統領がグリーン・・」などという人が多くてなんとなく居心地がわるい。
そんな中でカリフォルニアが「大麻の解禁に向けて住民投票を行う」ということになり「そのための議論を開始する」と聞いて、いささか複雑な気持ちだ。
今の日本は「大麻アレルギー」にかかっていて、「批判されるから大麻については口にもしたくない」という異常な状態だ。
でも、もともと日本という国は「議論で決める」というより、みんなの意識がすぐ統一するという国でもある。

日本では古くから、大麻を神事に使い、伊勢神宮で用い、赤ちゃんの産着や下駄の鼻緒などに多用した。どちらかというと「格調の高い植物」、「清浄なもの」である。
なぜ、現在の日本人が大麻の議論もしたくない、大麻のことも触れたくない、批判されるのが恐ろしい・・・とすっかり萎縮してしまったのだろうか? そこを考えなければならないだろう。
大麻ぐらいを議論する勇気を持たずに、北朝鮮の問題も、口蹄疫も、普天間も、政治と金も、温暖化も・・・より難しいものを解決することはとうてい無理だ。

(平成22年7月23日 執筆)


大麻取締法改正へ向けて 寄稿

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